カシタス湖の戦い ASSAULT ON LAKE CASITAS

カシタス湖の戦い ASSAULT ON LAKE CASITAS
ブラッド・アラン・ルイス Brad Alan Lewis 著
榊原章浩 訳

東北大学出版会
2002年5月19日 第1刷発行

1984年ロサンゼルスオリンピックのボート競技に纏わる、ブラッド・アラン・ルイス Brad Alan Lewis の自伝です。

著者がシングルスカル競技のアメリカ代表決定の選考会のレースで2位となり、オリンピック出場権を逸した事から話が始まります。オリンピックへの道は、まだ残っている、2人で漕ぐダブルスカル、4人で漕ぐクォドプルの選考会で勝つしかありません。ナショナルチームの合宿にまず呼ばれ、そこでの出来次第で、監督であるハリー・パーカー Harry Parker によって、選考会に出場するクルーメンバーとして選ばれるという過程が待っていました。残念ながら、ハリーのブラッドに対する評価は低く、このままでは選考会にはナショナルチームのクルーとしては出場すらできない立場に追い込まれます。ブラッドは潔くナショナルチームとは決別し、ポール・エンクイスト Paul Enquist と組んで、ダブルスカルでの選考会を独自で目指します。ナショナルチームから外れれば、資金や試合に使うボートも自己負担、自己調達の必要が生じます。相棒に決めたポールともいくつかの軋轢は生じ、それらを乗り越えて、選考会で勝ちアメリカ代表となります。そして最後にはオリンピックでも金メダルを取りました。

カシタス湖でのオリンピックの決勝レースの展開の記述を読んだうえで、Youtube で当時の実況放送の映像「1984 Olympic Games Rowing – Men’s Double Sculls」 を見ました。文章から想像した以上にスタートで出遅れたにもかかわらず、最終盤で先行するベルギーを抜き去る力漕でした。実況のアナウンサーと解説者が、ブラッドのクルーの代表選考の過程を端的に説明し、ポールが漁師であることも紹介しています。

訳者の榊原章浩氏もボート競技に永年携わってこられた方の様です。訳者あとがきで記されていることを抜粋します。

本書はあらゆるスポーツに共通すであろう金メダリストの精神の集中について、金メダリスト本人にしか書けないレベルで読者に明らかにしています。
(中略)
ボートを一度でも漕いだものにとって、この物語は圧倒的であり、即座に感情移入されてのめり込んでしまう。
(中略)
本書に込められている人生の目的を「正確に行い成し遂げる」という普遍的なテーマは、ボートを知らない皆様にも十分に味わっていただけたのではないでしょうか。

 

THE BOYS IN THE BOAT ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち

2020年東京オリンピックのボート、カヌーの開催場問題が、毎日の様にニュースになっていました。残念ながら、ボート(漕艇、rowing)の競技自体に関心のある日本人は多くない中、ニュースの話題性が専ら「小池さんvs森さん」ばかりに集中し、真の競技場問題と大きく乖離していたのが残念でした。注目を集めたせっかくのこの機会に、ボート競技の素晴らしさなども併せてアピールする度量が小池百合子都知事にあればと思ったのは私だけではないと思います。

ボート競技の美しさを、本文からの抜粋で腰巻に記載しています。

漕手全員がたがいを鏡に映したように完全に同調し、端から端まで一糸乱れぬ動きができたとき、ボートはまるで解き放たれたように、優美に、すべるように進む。その瞬間、初めてボートは漕手たちの一部となり、それ自体が意志をもつかのように動きはじめる。苦痛は歓喜に変わり、オールのひと漕ぎひと漕ぎは一種の完璧な言語になる。すばらしいスイングは、詩のようにさえ感じられる。

 

THE BOYS IN THE BOAT

Nine Americans and their epic quest for Gold at the 1936 Berlin Olympics

Daniel James Brown

ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち

ボートに託した夢

森内薫訳
早川書房 ¥3000+税
2014年9月25日 初版発行

「訳者あとがき」には、本書の意味が上手く記されています。

本書の冒頭を読めばわかる通り、著者のブラウンがこの物語を書くことになったのは、ある偶然によります。ホスピスケアを受けていた主人公ジョー・ランツと知遇を得たブラウンは、ボートの話に心を惹かれ、それをテーマに本を書くことを思い立ちます。ジョーの死後はその娘やチームメイトの家族に幾度も取材を重ね、古い新聞や資料、コーチの日誌や手記、メンバー数人がつけていた日記などを綿密に検証し、ほぼ当時のまま残されているベルリンの競技場をその目で見、五年近い幾月をかけて本書は書き上げられました。あえて分類するなら<スポーツ小説>になるだろうこの物語は、主人公ジョー青年の成長の物語でもあり、大恐慌当時のアメリカを描いた歴史物語でもあり、そしてヒトラーのオリンピックを描いた物語でもあります。

アメリカで原書が2013年6月に出版され、2014年6月にはニューヨーク・タイムズ・ベストセラーのノンフィクション第一位(ペーパーバック部門)に登り詰めたとのことです。日本人があまり興味を持たない分野、付記も含めると600ページを超えるボリュームという点もあり、日本では販売数があまり期待できない中、邦題を付けるにも苦労されたとは思います。まず、多くのアメリカ人が買って読もうとした事にも驚きましたが、確かに読み応えのある本で、漕艇が好きな人にはたまらない本です。

訳者が最後に記しています。

2020年の東京オリンピックで、強豪クルーの戦いをこの目で見られることを願って