Bao tang Chung tich chien tranh 戦争証跡博物館 The War Remnants Museum (Ho Chi Minh City)

統一会堂を後にして Bảo tàng Chứng tích chiến tranh 戦争証跡博物館 The War Remnants Museum へ向かいます。前庭にはベトナム戦争当時の戦闘機や戦車などが展示されています。

館内では、1973年にピューリッツァー賞を受賞した有名な写真などの戦争報道写真を集めた、Requiem レクイエムと題した展示が有名です。Christina Schwenkel 著 「The American war in contemporary Vietnam: Transnational Remembrance and Representation」に、1999年にケンタッキーで始まり、ベトナム戦争終結25年目の2000年にハノイ、次いでホーチミンで催される事になった、この展示の経緯が記されています。

On May 5, as part of the ongoing anniversary events, the War Remnants Museum in Ho Chi Minh City opened the exhibit “Requiem – the Vietnam Collection.” This exhibition was based on the 1997 book, Requiem: By the Photographers Who Died in Vietnam and Indochina, edited by Horst Faas and Tim Page, two photo-journalists who had covered the war in Vietnam and who had now returned for the twenty-fifth anniversary, “Requiem – the Vietnam Collection” had been organized and assembled by the Kentucky Requiem Project Steering Committee, chaired by Richard Lennon, a veteran Marin Corps officer who had served in the war in Vietnam in 1968, in collaboration with Horst Faas and the Indochina Photo Requiem Project, Ltd. The exhibit, containing 302 photographs, was first shown at the Kentucky History Center in Frankfort, Kentucky, from October 1 until November 14, 1999, after which it was packed into fourteen crates and flown to Vietnam. Working in conjunction with the Vietnam News Agency and the Vietnam Association of Photographic Artists, the fifteen-person Kentucky Requiem Project Steering Committee secured the necessary financial support to bring the exhibit to Hanoi, where it opened to large crowds on March 10, 2000.

日本人報道カメラマン、石川文洋氏の名前も見つけることができます。ゆかりの品も展示されています。1966年にピューリッツァー賞を受賞した沢田教一氏に関するものもあります。

Bảo tàng Chứng tích chiến tranh
戦争証跡博物館
The War Remnants Museum

 

ラプシのアチャール Lapsi Ko Achar @ ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ (池田市)

日本の旬の野菜や果物に加え、手に入ったネパールの食材も使われる「ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ」さんのスペシャルダルバートです。少し前から他の食材と合わせて लप्सी ラプシ Lapsi 香椿擬(チャンモドキ)が使われていたのですが、この日は Lapsi ko Achar ラプシ コ アチャールとして登場です。ダルはマスとムスロですが、ゴーヤを加えてありました。マスはチキン、タルカリは里芋のマショウラ Maseura とじゃが芋です。里芋のマショウラは、マス Maas の粉と潰した里芋 Pidalu を混ぜて干した自家製で、今まで食べてきたものと食感も味も異なります。アチャールは 3種類、果物シリーズは、ネパール産の種をとった乾燥ラプシを戻してアチャールに仕立てたもの、ささげと葱のアチャール、茄子とパプリカのアチャールです。バート、ご飯は日本米とバスマティのミックスですが、今週から使う日本米を変えられた様です。その傍らにパパドゥとサグ青菜炒めが並び、上には発酵筍と椎茸のアチャールが載ります。デザートは、レシピが変わり続けるズーズーダゥ、食後にチヤを頂きます。

阪急宝塚線池田駅すぐのお店で頂ける、美味しい料理の数々は
→「jujudhau ズーズーダゥ(池田市)ネパールのごちそう」

ネパールのごちそう
jujudhau
ズーズーダゥ

池田市室町1-3
https://ja-jp.facebook.com/jujudhaunepal/

コヒラ Kohila カリー @ シャンティランカ Shanthi Lanka (宝塚市)

ライス&カリーを「シャンティランカ Shanthi Lanka」さんで頂きました。この日は、団体予約のお客様用に用意されていたスリランカの赤米や料理の数々のお裾分けにあずかりました。メインはチキンカリーでお願いしました。副菜は、パリップ、スリランカの茄子 එලබටු エラバトゥ Ela Batu、 ポルサンボーラ、スリランカの根菜 කොහිල コヒラ Kohila、じゃが芋のキラタ、小松菜のマッルン、先週に引き続き කැකිරි ケキリ Kekiri、カトゥレット、ビーツと並びました。海老カリーも少し味見をさせて頂きました。ココナッツが入り少しマイルドな仕上がりです。デザートはワタラッパンとキリパニでした。スリランカのお菓子 ආස්මි アースミ Aasmi を持たせて下さり、家族で美味しく頂きました。エラバトゥ Ela Batu は、タラナバトゥ Thalana batu とも呼ばれ、実の小ささと緑色が普通の茄子と異なります。茄子の亜種とされ、学術名 Solanum melongena、英名 Egg plantとも、茄子と一緒の様です。コヒラ Kohila は、学術名 Lasia spinosa、和名ミズヤツデでサトイモ科です。茎根の部分と若芽が食用にされるとのことです。このコヒラもケキリも結構辛めの味付けです。肉と同じようなスパイス使いで、Kohila Ambula、Kekiri Ambula として仕上げるのだそうです。Ambula は”sour” と同義の様で、ケキリに少し酸味も感じることが出来ました。

阪急宝塚線山本駅近くのお店で頂ける、美味しい料理の数々は
→「シャンティランカ Shanthi Lanka(宝塚市山本)」

Shanthi Lanka
シャンティランカ

宝塚市平井2丁目7-11
https://twitter.com/shanthi_lanka

 

 

 

 

The exhibit “From Norodom Palace to Independence Palace 1868 – 1966”

統一会堂への入場券を購入する際に、展示「ノロドン宮殿から独立宮殿 1868年から1966年」The exhibit “From Norodom Palace to Independence Palace 1868 – 1966” の入場券も併せて購入しましたので、その建物へ向かいます。この展示はガイドブックにもあまり載っていませんので、Viet Nam News の 2018年4月1日付け「Show tells Independence Palace’s full story」の記事を引用すると、展示内容は、

While the first floor has information on the birth of Norodom Palace, the second floor is dedicated to Sài Gòn life under French rule, the establishment and fall of the Ngô Đình Diệm administration, and the construction of the Independence Palace.

とのことで、年表で今一度頭を整理して、

1868: Norodom Palace was built by the French.

1887 – 1945: It was used as the Palace of the Governor General of French Indochina in Sài Gòn.

March – September 1945: Japanese Imperial troops usurped France, conquered Indochina, and took over Norodom Palace.

1954: France is defeated and then leaves Việt Nam.

1955: President of the Republic of Việt Nam Ngô Đình Diệm moved into Norodom Palace and renamed it Independence Palace.

February 27, 1962: Independence Palace was bombed and partly destroyed.

July 1, 1962: Construction of a new palace followed the design of Vietnamese architect Ngô Viết Thụ.

1963: Ngô Đình Diệm, along with his younger brother Ngô Đình Nhu, were killed in a coup d’état.

1966: Construction of the new palace was completed.

展示物を見て回ります。昔のサイゴン市内の様子を表す写真や、

主だった出来事に関する写真や新聞記事などが、掲げられています。
1955 年、バオダイ帝を廃し初代大統領となった Ngô Ðình Diệm ゴ・ディン・ジエムの実弟 Ngô Đình Nhu ゴ・ディン・ヌーの言葉は、Divide and Conquer とタイトルが付けられています。これだけではよく分からないかもしれませんが、EDWARD MILLER 著 「MISALLIANCE Ngo Dinh Diem, the United States, and the Fate of South Vietnam」の中に、この発言と、発言に至った時代背景が記されています。

Although Diem’s forces had not fired the first shots in the March 30
incident, it was clear that the Ngo brothers had deliberately provoked their opponents. By late March, the Ngos believed that the VNA was ready to take on the Binh Xuyen.  They were also convinced that several Front leaders remained secretly loyal to Diem. In a meeting with a Saigon intellectual who had offered to facilitate talks with the Front, Nhu rejected the idea of a negotiated solution. “I’ll start a little military action,” Nhu said.  “That will provide an opening to those people [in the Front] who are already bought, and they’ll destroy these sects from the inside.” Diem expressed similar views, insisting to U.S. and French offi cials that General Phuong and General Thé were merely pretending to cooperate with the Front in order to learn Bay Vien’s plans.

Dinh Thống Nhất 統一会堂
Dinh Độc Lập 独立宮殿

ムスロとムングのダル @ シムラン SIMRAN (箕面市)

箕面の「シムラン SIMRAN」さんへ伺いダルバートを頂きました。ダルはムスロとムング、生姜の効きが前回よりもマイルドな仕上がりです。このダルは通常のメニューにもある様です。マスはチキンですが、ナン&カレーのグレービーのチキンカレーでないものをと前回注文したのをマハトさんが覚えていて下さり、別仕立てで作って頂きました。アチャールと、ヨーグルトが添えられ、ご飯の上にはマトン炒めが載っています。チヤも頂きました。

国道171号線牧落交差点近くのお店で頂ける美味しい料理の数々は
→「シムラン SIMRAN (箕面市)」

インド料理 シムラン SIMRAN

箕面市牧落 5-5-22

http://curry-simran.com/

Dinh Thong Nhat 統一会堂 (Dinh Doc Lap 独立宮殿)その3(Ho Chi Minh City)

Dinh Thống Nhất 統一会堂 (Dinh Độc Lập 独立宮殿)の地上部分は大統領官邸ですが、地下は緊急時の作戦指令室の作りになっています。

Commander Room の壁には国内外の地図が貼られ、Communications 通信指令にはかつて使っていたであろう機器が並び、President’s Bedroomも用意されています。地下道は長く伸び、そのいずれかが通りを隔てたザーロン宮に繋がっています。地上に戻ると、厨房があります。軍用車や、大統領が使っていたメルセデスベンツ 200 W110 も展示されています。

Dinh Thống Nhất 統一会堂
Dinh Độc Lập 独立宮殿

川魚のスクティ入りスペシャルカジャセット @ ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ (池田市)

美味しいネパール産のチウラ चिउरा Chiura が手に入った時のみカジャ Khaja セットを供される「ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダウ」さんです。

少しダルモート Dal Mouth を混ぜた 3種類のチウラの周りを、水牛のスクティ Buff Sukuti、砂肝のブトン Bhuttan、バーラ Bara、じゃが芋とえんどう豆のアチャール Alu ra Kerau ko Achar、ネパールの小魚の干物のアチャール Sidra ko Achar、燻して乾燥させた少し大きい川魚 Macha ko Sukuti、ダルモート、トマトとマショウラ(乾燥豆ボール)のアチャール Golbheda ra Masaura ko Achar、ゴーヤのスパイス炒め Karela ko Bhuteko、大豆のスパイス和え Bhatmas Sadeko、スダチのアチャール、大根と胡瓜とえんどう豆のアチャール Mula ra Kakro ra Kerau ko Achar、玉子のスパイシー炒め Anda Fry、チキンのセクワ Kukhura ko Sekuwa が並び、チャナ豆のスパイス炒め Kalo Chana ko Bhuteko が別皿で添えられました。さらに別皿で、骨付き皮付き山羊肉のカリー Khasi ko Masu も供されます。デザートはズーズーダゥJuju Dhau、飲み物も付きますのでチヤを頂きました。

阪急宝塚線池田駅すぐのお店で頂ける、美味しい料理の数々は
→「jujudhau ズーズーダゥ(池田市)ネパールのごちそう」

ネパールのごちそう
jujudhau
ズーズーダゥ

池田市室町1-3
https://ja-jp.facebook.com/jujudhaunepal/

Dinh Thong Nhat 統一会堂 (Dinh Doc Lap 独立宮殿)その2(Ho Chi Minh City)

向かって左側面の入り口から入り、Dinh Thống Nhất 統一会堂 (Dinh Độc Lập 独立宮殿)の中を歩いてみて回ります。地上階はまさしく大統領宮殿です。
まずは National Security Council Chamber、 Presidential Office 大統領執務室、Presidential Reception Rooms 大統領応接間、Vice-President’s Reception Salon、Vice-Presidental Office、
Bedroom、Ambassadors Chamber、Library、Theatre、First Lady’s Reception Roomなどが並びます。屋上から街を望むと、1975年4月30日にT型戦車が突入した写真で有名になった正面の門扉も見えます。屋上の裏側には、戦局も押し詰まった、1975年4月8日、自軍の F5-E による大統領官邸爆撃の際の着弾地点が記されています。

Dinh Thống Nhất 統一会堂
Dinh Độc Lập 独立宮殿

ダルバート食堂 カジャの日 @ スパイス堂 (大阪市中央区)

「ダルバート食堂」さんが、イベント「カジャの日」を催されました。午後 4時過ぎから「スパイス堂」さんにて、イベントはゆるりとスタートしました。この日のメニューには水牛が多く登場しました。その中から水牛のチョイラとミックスアチャール、水牛のセクワ、水牛のモモ、カロチャナとマトンのアチャール、追加でポークフライを頂きました。遼さんならではの手間をかけた調理方法によって、水牛のチョイラや、マトンのアチャールは、現地ネパールでは頂くことの出来ない柔らかい食感の一品に仕上がっています。

大阪メトロ谷町線谷町四丁目駅からも近い、お店で頂ける美味しい料理の数々は
→「ダルバート食堂(大阪市中央区)」

ダルバート食堂

大阪市中央区内久宝寺町3-3-16
http://dalbhat-shokudo.com/
https://twitter.com/dalbhat_nepal

Dinh Thong Nhat 統一会堂 (Dinh Doc Lap 独立宮殿)その1 (Ho Chi Minh City)

Dinh Thống Nhất 統一会堂 (Dinh Độc Lập 独立宮殿)を訪れる前に、理解を深めるために、歴史を少し復習しておきました。

1859年 フランスによるサイゴン占領
1873年 コーチシナ総督官邸(ノロドム宮殿)完成
1887年 インドシナ全権総督官邸となる
1940年 松岡アンリ協定により日本軍インドシナ進駐
1945年 ベトナム民主共和国成立
1946年 フランスによる傀儡政権コーチシナ共和国建国
1948年 ベトナム臨時中央政府建国
1949年 ベトナム国建国
北部では「ベトミン軍」が力をつけ
1954年 フランス軍の敗北により、ジュネーブ協定締結
ベトナムは北緯 17度線で南北へ分断
フランスがベトナム国を建国
1955年 フランスにより首相として指名されていたジェムが
バオダイ帝を廃し、自ら大統領になりベトナム共和国と国名を変更
公邸の名称も独立宮殿と改める
強硬な反共政策の実施、カトリック教徒、教会の優遇
仏教徒、僧侶、寺院への激しい弾圧を実弟のヌーと行う
1960年 ジェム政権打倒クーデター未遂
1962年 造反した空軍機による独立宮殿爆撃
宮殿の再建指示、ザーロン宮殿に一時移転
1963年 CIA の計画による軍部クーデターでジェムとヌー殺害
1966年 大統領官邸完成、グエン・バン・チュー大統領
1968年 テト攻勢
1973年 パリ和平協定
米軍撤退による南ベトナム軍の弱体化
1975年3月10日 ホーチミン作戦による北ベトナム軍の南進
1975年4月8日 自軍の F5-E による大統領官邸爆撃
1975年4月21日 グエン・バン・チュー大統領辞任
1975年4月28日 ズオン・バン・ミン大統領就任
1975年4月30日 ズオン・バン・ミン大統領戦闘中止命令
人民軍の T型戦車が官邸の門扉から突入

Dinh Thống Nhất 統一会堂
Dinh Độc Lập 独立宮殿