ニューエクスプレス +(プラス)シンハラ語 野口忠司著 白水社

ニューエクスプレス +(プラス)シンハラ語

野口忠司著
白水社
2021年3月10日発行

「カラピンチャ Karapincha」さんの SNS とブログで、シンハラ語入門の貴重な書として紹介され

この書籍は、2016年に発売されました「ニューエクスプレス シンハラ語/野口忠司著」の増補版として2021年2月15日に発売されました。前回の書籍もカラピンチャ店舗で販売しておりましたが、しばらくの間、完売で欠品となっておりました。

この著者である野口忠司先生は、セイロン大学東洋学部(シンハラ語・シンハラ文学先行)出身。日本におけるシンハラ語の研究の第一人者者で「シンハラ語・日本語辞典」をはじめ多数のシンハラ語に関する著書があります。多くのシンハラ語の書籍の翻訳もされてきました。また、大学や外務省、国際協力機構などでもシンハラ語の講師を勤めて来られました。(中略)そんな先生は先日、2021年4月13日(スリランカの旧暦で大晦日に当日)に他界されました。(中略)カラピンチャとしましても、先生が残してくれた貴重な書籍を、より多くの人に手にとってもらえるよう努めていきたいと強く思いました。

店頭でも販売されていますので、購入しました。

阪急神戸線王子公園駅近くのお店で頂ける美味しい料理は
→「カラピンチャ Karapincha(神戸市)」

カラピンチャ Karapincha

神戸市灘区王寺町1-2-13

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シリコンバレー式 自分を変える最強の食事 デイヴ アスプリー著 栗原百代訳 ダイヤモンド社

シリコンバレー式 自分を変える最強の食事
デイヴ アスプリー著 栗原 百代訳
ダイヤモンド社
2015年9月

https://diamond.jp/category/s-siliconvalleymeal

The Bulletproof Diet : Lose up to a Pound a Day, Reclaim Energy and Focus, Upgrade Your Life
Dave Asprey

以下は個人的な体験談であり、同じ方法をどなたにも勧めるものではありません。

どうもストレスがあるとやたらに食べたくなる体質の様で、何年も前にこの本を読んだ当時、体重増加と血糖値の上昇に気が付き、物は試しに実践してみました。朝食は摂らずに、グラスフェッド牛の無塩バターと MCTオイル(ココナッツから抽出した中鎖脂肪酸オイル)を加えた「完全無欠」コーヒーだけを飲むというものです。グラスフェッド牛の無塩バターまたはその代替品を手に入れるのに苦労した覚えがあります。しかし本質は 6 : 18 ダイエット、1日のうちに18時間の断食(何も食べない時間を作る)というものです。仕事をしている者にとっては、この設定はハードルが高く、8 : 16 ダイエット、1日のうち16時間の断食を試しました。最初は確かに、空腹感のピークが午前中の仕事時間にやってきましたが、すぐに慣れました。短期間のうちに、体重を減らすことが出来、血糖値も正常範囲内に戻りました。

新型コロナ騒動のストレスからか、また最近間食をついつい摂ってしまい、体重のリバウンドは少しでしたが、血糖値が上昇していることが血液検査で分かり、再度 8 : 16 ダイエットと糖質制限を再開しました。このところの朝食はトースト 1枚とコーヒーだけでしたので、そのトーストを抜くだけです。コーヒーも以前の様な「完全無欠コーヒー」ではなく、ただのストレートコーヒーです。午前中の仕事のあいだはミネラルウォーターをしっかり飲みます。昼食はもともと、タッパーにサラダを入れ、小さなおにぎり一つと一緒に職場に持参していたので、あまり変化はありません。血糖値上昇対策としてまずサラダをゆっくりと時間をかけて食べることに注意を払うようにはしました。ついつい口にしていた間食は完全に止めです。夕食もまず野菜を時間をかけ食べ、その後に蛋白質を多めに摂ることとし、炭水化物は極力避けます。ウィスキーのソーダ割の晩酌もしばらくお預けです。外食の際は、お店の方に理由を言ってライスは少なめにしてもらいます。

2回目の 8 : 16 ダイエットはすんなりと軌道に乗りました。午前中の空腹のしんどさは感じません。10日間で、空腹時の血糖値は正常域に近づき、体重もベスト体重にすぐに戻りました。

食から描くインド 近現代の社会変容とアイデンティティ 井坂理穂・山根聡 編 春風社

食から描くインド
近現代の社会変容とアイデンティティ

井坂理穂・山根聡 編
春風社
2019年2月21日初版発行

単一の著者ではなく、編者井坂理穂氏の以下のような想いに沿って、様々な切り口で複数の専門家が記した文章が並びます。それもそのはず、日本学術振興会・科学研究費補助金(科研費)を得て行われた研究「近現代インドにおける食文化とアイデンティティに関する複合的研究」の成書でもあります。

本書は、人々が自分たちの食べるものをどのように選択してきたのか、という問いを切り口としながら、近現代インドの社会変容を描き出すものである。何をどのように食べるのかという選択は、日常的に何気なく行われていることが多いが、実はそこには、その大を取り巻く様々な政治的・経済的・社会的状況が関係している。その人が食に関してどのような知識や情報をもっているのか(例えば栄養学の知識など)、どのような思想をもっているのか(例えば食の安全についての考え方など)といった点も、食の選択に影響を及ぼす。さらには、その人の生まれ育った環境や社会的地位、宗教的アイデンティティなども、何を食べるか、どのように調理するかを左右する。「食は人なり(We are what we eat)」という言葉があるが、食のあり方は、まさにそれを選択した人々や彼らを取り巻く社会のありさまを象徴的に映し出している。
本書では、こうした点を意識しながら、インドにおける様々な個人・集団による食の選択やそれにまつわる模索・対立の事例を、料理書や回顧録、文学作品などの分析、現地での聞きとり調査などの異なるアプローチから考察する。あらかじめお断りしたいのは、本書が「インド食文化」を総体的にバランスよく描き出すことを目的としたものではない、という点である。ここで目指しているのは近現代インドにおける個人や集団の食の選択に関する興味深い事例を掘り下げながら、そこから見える人々の自己・他者認識や、その背景にある社会の変容を探ることである。その過程で、ともすると我々が食を語る際に前提としている「国」「地域」「宗教」などの区分や境界についても、改めて問い直されることになるだろう。

インド料理と言えばすぐに宗教と結び付けてしまいますが、序章で同氏は

とはいえ、人々の宗教との関わり方には個人差があり、生い立ちや個々人の考え方、そのときどきの状況によって、宗教上の規定や慣習をどのように解釈し、どこまで遵守するかはまちまちである。また同じ個人であっても、家では食の禁忌を守るが外食時にはこれらに縛られないという場合もある。あるいは、宗教上は肉食が許されていても、経済的な迎由や、宗教の慣習に洽ったかたちで処理された肉が人手できないなどの理由から、実質的に菜食中心の食生活になる場合もある。宗教コミュニティの成員が一律に同じ食の選択を行うというわけではないことを、改めて強調しておきたい。 

と、ステレオタイプな捉え方に注意を促されています。ネパールにおけるヒンドゥー教徒の豚肉の摂取の話をネパールの方に尋ねた時にまさしく感じたことです。→「ネパールにおける豚肉事情」

Ⅰ 食からみる植民地支配とナショナリズム
第1章 19世紀後半の北インドにおけるムスリム文人と食-郷愁と動揺 山根聡
第2章 インドのイギリス人女性と料理人-植民地支配者たちの食生活 井坂理穂
第3章 ナショナリズムと台所-20世紀後半のヒンディー語料理書 サウミヤ・ダブタ(上田真啓訳)
第4章 現代「インド料理」の肖像―はじまりはチキンティッカー・マサーラーから 山田桂子

II 食をめぐる語り
第5章 一口ごとに、故郷に帰る―イギリスの南アジア系移民マイノリティの紡ぐ食の記憶と帰属の物語 浜井祐三子
第6章 買う・つくる・味わう―現代作家が描く食と女性 小松久恵

Ⅲ 変動する社会と食
第7章 もの言う食べ物-テランガーナにおける地域アイデンティティと食政治 山田桂子
第8章 飲むべきか飲まぬべきか―ベンガール市でのフィールドワークから 池亀彩
第9章 ハラール食品とは何か―イスラーム法とグローバル化 小杉泰

コラム1 中世のサンスクリット料理書 加納和雄
コラム2 「宗教的マイノリティ」意識と食-近現代インドのパールシー 井坂理穂
コラム3 スパイス香るインドの食卓 小磯千尋
コラム4 マハーラシュトラの家庭料理-プネーのG家の場合 小磯千尋
コラム5 日本における「カレー料理」と「インド料理」 山根聡
コラム6 ジャイナ教の食のスタイルとその背景 上田真啓

 

ホーチミン・ルート従軍記 ある医師のベトナム戦争 1965 – 1973 レ・カオ・ダイ著 古川久雄訳 岩波書店

ホーチミン・ルート従軍記
ある医師のベトナム戦争 1965 – 1973

レ・カオ・ダイ著 古川久雄訳
岩波書店
2009年4月17日 第1刷発行

ベトナム戦争の報道や出版の多くは、というより殆どすべてが「南」側からのものでした。報道規制が敷かれなかったため、南側の戦闘行為等が世界で批判の対象となり反戦運動に繋がりました。他方、「北」側からの報道や出版は皆無で、後に明らかになった解放戦線や「北」正規軍の秘密処刑や、住民に対する無差別の殺戮の事実は伏せられたままで、白日に曝されることはありませんでした。長い年月が経過し亡命で自由な立場となった元解放戦線幹部の証言を待つしかありませんでした。→ 「裏切られたベトナム革命 チュン・ニュー・タンの証言」

本書は「北」の一従軍医師の立場で記されたベトナム戦争の体験記、という意味で貴重とされます。行軍の際に当然地元民に無理を強いたり、場合によってはそれ以上の行為があったことは想像に難くありませんが、「北」や組織にとって都合の悪い事は記されていません。

特別任務「グループ84」に選抜された筆者たち医療チームが、設備や物資の無い野戦病院で、なんとか医療を成り立たせるためにレントゲンをはじめとして検査装置の組み立てや診療体制の構築から、いかに緊急手術等の医療活動を行ったかについては、関心と驚きで読みごたえがあります。

著者レ・カオ・ダイ氏の経歴は、夫人が日本語版への序文で紹介されています。

ダイ医師はハノイの医学大学に学び、一九四六年に卒業、八月革命後最初の卒業世代でした。卒業後、陸軍に入り、三〇八師団第八八連隊の筆頭軍医として北部ラオスやホアビン、ハ・ナム・ニン作戦に従軍しました。医学面では胸郭手術にすぐれ、一〇八、一〇三陸軍病院や陸軍医療研究所で教鞭をとりました。一九六六年に夫は中部高原戦線へおもむき、深いジャングルの中の中心的な病院で務めを果たしました。

ホーチミンルート(Ho Chi Minh Trail ホーチミントレイル)は、「北」が物資や人員を解放戦線へ届けるように、網の目のような交通路を、ベトナム国内の北緯17度線を横切るのではなく、ラオスやカンボジアを通るルートで確保したものです。一方で海上輸送の拠点としたカンボジアのシアヌークビルの港からカンボジア国内を通る Sihanouk Trail シアヌークトレイルも重要な役割を果たしたとされます。

巻末で、ベトナム史が専門の古田元夫氏が、これら補給路の病院での医療活動の意義を解説されています。

ベトナム戦争で米国は、ベトナムの革命勢力にその補給能力を超えた打撃を与えるという「消耗戦略」を、その基本的な戦略とした。革命勢力の軍事要員の「消耗率」は、この米軍の戦略の成否にかかわっていた。ベトナム人民軍の医療活動は、ベトナム戦争で多大な犠牲をしいられつつも、それを南ベトナムに展開している革命側兵力の大幅な減退という事態にはつながらない水準に制御する上で、大きな貢献をした。本書で描かれたレ・カオ・ダイのホーチミンートレイルの病院での活動は、このような意味で、ベトナム戦争の帰趨に大きく関わっていたのである。 

 

食べ歩くインド インド全土の料理と食堂案内 北・東編 南・西編 小林真樹著 有限会社旅行人

食べ歩くインド
インド全土の料理と食堂案内
北・東編、南・西編

小林真樹 著
有限会社旅行人
2020年8月15日 初版第一刷発行

「アジアハンター」さんの小林真樹氏が著された本書、写真を見ているだけでインドを旅して食堂に入った気分になります。前書きで著者は、

インドにやって来たイギリス人によって「発見」されたカレーが、本国に持ち帰られ一料理名として定着し、それがやがて日本にも伝来したという話は巷間広く知られています。その語源となった、元来南インドで「香辛料を用いた炒め物」といった意味合いで使われていた「カリ(Kari)」という言葉は、イギリス大より先にインドに入植していたポルトガル人の言葉に取り込まれ、それが英語にも取り込まれていったといわれています。やがてその言葉は香辛料で味付けされた、主としてアジア・中東・アフリカ圏発祥の料理を指す便利な呼称として世界中に定着し、さらに発祥国インドにも逆輸人される形で現在に至っています。(中略)

事実インドを旅すると、宗教、民族、カースト、生活環境などによって細分化された様々な食が存在することに気づかされます。一見自由で無秩序のように見えるインド人ですが、例えばイスラーム教徒は北東インドの美味しい豚肉料理を食べられず、ジャイナ教徒は油の浮いたハラールのマトン料理に舌鼓を打てません。一方私たち日本人は、こうした社会的呪縛や宗教的しがらみから自由でニュートラルな立場にいます。このせっかくの立場をフルに活かし、西に美味しい料理があると聞けば食べに行き、東に珍しい料理があると聞けば行って食べるといったことを繰り返しているうちに、集積していった食情報が本書の土台となっています。

と記されている通り、様々な背景を持つインド料理を詳細に紹介されています。

人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本 稲田俊輔著 扶桑社新書

人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本

稲田俊輔著
扶桑社新書
2019年11月1日初版第1刷発行

著者稲田俊輔氏が携わっておられる「エリックサウス ERICK SOUTH」さんが大阪に西天満店をオープンされましたので、改めて読み直してみました。第1章 サイゼリアに見る「チェーン店進化論」、第2章 食のプロが唸ったファミレスチェーンのポイント、第3章 ファストフードを侮るなかれ、第4章 メジャーチェーンを脅かすライバルたちで構成されています。よく考えられてチェーン展開されている「エリックサウス ERICK SOUTH」さんこそが、本当のスゴさをもった人気飲食チェーンではないかと思うに至ります。

氏の Twitter も示唆に富みます。

https://twitter.com/inadashunsuke
https://twitter.com/inamasalasuke

本書からその内容を抜粋しますと

 「原理主義」という言葉があります。もともとはキリスト教の用語で、聖書に書いてあることは一言一句に至るまで全て正しい、とする考え方です。それがイスラム教など他の宗教にも転用されたり、もっと近代的な経済学などの学説に関しても使われたりします。飲食の世界で「原理主義」というと、主にエスニック料理愛好家の間で「外国の料理は現地そのままのスタイルや味わいこそ最もおいしく価値があり、いたずらに日本人の一般的な嗜好に合わせてアレンジするべきではない」といった考え方に対して使われます。その場合のアレンジは(あくまで否定的な意味を込めて)「ローカライズ」と呼ばれたりもします。コアなエスニック愛好家は基本的に誰もが原理主義者的な一面を持ちますが、同時に行きすぎたあまりに非生産的な狭量さに向かうことに対しては、それこそ「宗教的」である、という理由で批判的であったりもします。
 正直に告白すると、私白身も基本的にそういった「原理主義者」の一人です。インド料理やタイ料理などのエスニック系に限らず、フレンチでも中華でもイタリアンでも、突きつめると結局「本場そのまま」のスタイルや味わいが一番おいしくて楽しいという結論に至ることがほとんどです。少なくとも自分ではそれが宗教的な妄信というわけではないと思っています。あくまでこれまでの経験則なのですが、本場そのままというのは当初こそ違和感があったり極端な場合はおいしくないと感じることがあっても、少し慣れてくるとあるとき突然、それがたまらない魅力に変わるという瞬問を何度も経験してきました。だからと言って「ローカライズ」を全否定するつもりはもちろんありません。あくまで本場の良さを完全に理解して最大限尊重したうえでの真摯なローカライズならそれもまた大きな価値があり、場合によっては元の料理を進化させる可能性だってあるからです。

エスニック料理における「原理主義」を分かりやすく解説され、

 日本の消費者はシビアだとよく言われますが、これは「狭量」と紙一重。自分が知らないものには手を出さない、一度食べて少しでも違和感があったら全否定して二度と手を出さない、みたいな保守性は、飲食店の数が増え、しかも品質的に全体のレベルが上がり過当競争が進む現代、ますます進行しているように思えます。個人店であってもそんな流れに上手に合わせていかないと店を守ることはとても難しい、ということになってしまいます。
 そんななか、サイゼリヤの、場面によっては一般的な個人店のそれをやすやすと超えることもある本場志向は、「よくあるチェーンファミレスとは一味違う」という強力な差別化につながっていると言えるのではないでしょうか。

消費者行動と飲食店の立ち位置の考察から、食べログの正しい使い方まで述べておられます。

あくまで個人的な基準ですが、スペイン料理に限らずイタリアンやフレンチあたりは「オイリー」「塩気が強い」「香草がキツい」系の低評価レビューがある店に大当たりが多いようです。和食や居酒屋の「料理によって当たり外れが大きい」は、使い方が少し難しいかもしれないけど楽しめる店。カレーやインド料理だと「コクや深みが感じられない」は、これは中華でもある程度共通します。中華といえばもう一つ「日本人には合わない」&「店員も客も中国人ばかり」のコンボも鉄板。ラーメン屋なら「ラーメンごときにこの値段はない」。あと老舗における「接客が最悪」も接待やデートでさえなければ狙い目。・・・と、こんな具合に当たりに出会いやすい悪ロキーワードを知っておくと、食ベログでのお店選びはぐんと捗るようになるはずです。手始めに、自分かお気に入りでよく通っている店の食ベログページを開いて、低評価レビューを探して読んでみてください。いくつかのお店でそれをやるうちに、だんだんコツが掴めてくると思います。

早速、食べログを覗いて、某店のダルバートについての投稿を例に考察してみましょう。

正直に言って微妙でした。。まず、副菜4種の量が残念だったのと、味が現地そのままっぽくて、苦味と辛味をダイレクトに感じる味わいが少しキツかったです。ダルカレーも甘さがなく複雑な味。逆にチキンカレーは甘ったるいぐらいの味。んーーーって感じでした。

副菜4種の量が残念だった ⇒ ダルバートは副菜が少しずつ並ぶことをご存じないのでしょう。もっと副菜の一品の量が少ない店の方が多いのに、、、
味が現地そのままぽくって ⇒ 最大の賛辞、、、
苦味と辛味をダイレクトに感じる ⇒ 限られたスパイスで野菜の味を楽しむのがネパールのアチャールやタルカリの本質、、、
ダルカレーも甘さがなく複雑な味 ⇒ ダルは豆自体の味を楽しむもので、甘いダル「カレー」は、、、

稲田流の読み方をすると、訪問意欲がわく投稿です。

「悪魔祓い」の戦後史 稲垣武著 文春文庫

「悪魔祓い」の戦後史

稲垣武著
文春文庫 株式会社 文藝春秋
1997年8月10日 第1刷

ベトナム旅行の前後で、ベトナム戦争とは何だったのか理解するために、数多くの書物を読み、web 上で検索もしました。ベトナム戦争の解釈、右もあれば左もあり、荒唐無稽なものもあります。その中で、様々なものを読みながら、対比させていく上で最も参考になるのがこの1冊です。「はじめに」で、著者は

 九一年末のソ連崩壊で、戦後長らく論壇を支配していた進歩的文化人も、遂に引導を渡され、ソ連の道連れとなって歴史の舞台から退場した。しかしこの検証と論考は、いまさら彼等の言説の非や錯誤をあげつらうのが目的ではない。彼等の現実の推移から遊離した思考がどこから由来し、どこにその歪みの原因があるのかを追究しようと試みたものである。
 彼等の思考法は、日本人、とりわけその知識層が伝統的に陥りやすいスタイルと運動法則を持っていると言える。戦前・戦中、日本を支配した全体主義的思考、現実の裏付けを欠いた願望のみが自己肥大して遂には単なる夢想に至る過程、仮想のユートピア(戦前はナチスードイツ、戦後はソ連・中国)を求めてそれに拝脆し、その幻影を基礎に日本の現状を論難し模倣させようとする傾向など、戦後の進歩的文化人のたどった軌跡と驚くほど類似している。右翼と左翼の違いはあれ、それは表の看板だけで、頭の構造は同一ではないかと疑われるほどだ。
 自分と異なった意見に対しては全く不寛容で、異常なほどの敵意を抱き、大声で言いまくることで相手を圧倒しようとする性癖まで瓜二つである。テレビの討論番組で見かける声だけが大きい進歩的文化人のモノマニアックな言動は、昔の柄の悪い関東軍参謀の姿を髣髴とさせるではないか。

と記します。ベトナム戦争に関する記述は、この本の後半、第 14章「ヴェトナム戦争 – 錯誤の原点」からになります。

アメリカの敗北はまた、ヨーロッパや日本のジャーナリズムによるヴェトナム戦争批判によって西欧でも日本でもヴェトナム反戦運動が広まったことによる、西側世界での孤立感によっても大いに助長された。しかし欧米の報道・言論と日本のそれとの間には歴然とした差があった。欧米のそれはヴェトナム戦争の段階的な質的変化をおおむね正しくトレースしていたが、日本の報道や言論はそれには気付かないか、意図的に無視して当初の民族解放戦争という図式に最後まで固執した。

(中略)

こういう手のこんだ謀略宣伝工作に、西側、特に日本のジャーナリスト、進歩的文化人らがコロリと朧着され「解放戦線は非ヴェトナムの影響を受けているかもしれないが、その主体は民族独立を望む広汎な南ヴェトナム民衆の統一戦線である」と誤認したのも無理からぬ話であった。

(中略)

しかしこの種の政治工作は共産党の常套手段であり、主敵を倒すまでは広汎な反政府勢力を結集するために民族統一戦線を看板に掲げるものの、目的を達成して自らが権力を握るや否や、直ちに仮面をかなぐり捨てて昨日の友を容赦なく切り捨て、一党独裁体制を築くのもまた共通のパターンである。

(中略)

だから、「南」解放戦線の実態も、共産党のワン・パターンの政治戦略を知っていれば容易に推測できた筈である。しかしこういった指摘をする専門家は「職業的反共屋」という汚名を着せられて顧みられなかったようである。

1964年8月2日のトンキン湾事件後、1965年2月の北ベトナム爆撃の際、

日本のマスコミ、論壇、進歩的文化人らは沸騰した。朝日新聞を筆頭とする各紙は、ほぼ一致して北爆を非難する論陣を張った。四月二〇日には、大内兵衛・大佛次郎・谷川徹三・宮沢俊義・我妻栄を発起人とし、阿部知一丁家永三郎・中野好央・野上弥生子・都留重人・日高六郎・加藤周一ら進歩的文化人らばかりではなく、大岡昇平・開高健・堀米庸三ら中立的な作家・学者までを網羅した九〇人の賛同者を集めた「ベトナム問題に関して日本政府に要望する」と題した北爆即時停止をアメリカに申し入れよと要求する声明文が佐藤首相に手渡された。

(中略)

ここでも明らかなように、この声明は解放戦線を北ヴェトナムから名目的にも実質的にも完全に独立した別個の組織と認識している。だからこそ、解放戦線の活動を押さえこむために北ヴェトナムを爆撃することは、全く筋違いで理不尽かつ野蛮な行為であるとの結論が導き出されている。またそこから南ヴェトナムでの戦争は内戦であり、その解決のためには「当事者」である解放戦線と交渉せよとの結論が生まれる。進歩的文化人のみならず、多くの善意のノンポリ的知識人・言論人にまで拡大された錯誤は、すべてここが出発点であった。

と、その「錯誤の原点」がはっきりしました。

サイゴン政権側の暴虐は、日本をけじめ西側の報道に頻繁に現れたが、解放戦線側の「恐怖の支配」が報道されることは滅多になかった。記者が農民に取材しても、報復を恐れる彼等から本音は聞けない。サイゴン政権側かその種力発表をしても、腐敗と民衆弾圧で悪名高い連中の言うことなど、頭から信用されないのが落ちだった。かくして、サイゴン政権側の悪行のみが喧伝され、それに反比例して解放戦線は 100%美化されていき、ヴェトナム戦争があたかも天使と悪魔の戦いのように描かれていったのは、図式的な報道を好む日本のマスコミと、同じく図式的な単純思考にとらわれた進歩的文化人らにとって自然の勢いだった。

このような日本のマスコミの姿勢は過去だけではありません。

2018年7月29日テレビ東京で放映された「池上彰の現代史を歩く【第6回 ベトナム戦争 小国はなぜ大国アメリカに勝った?】」の内容は、いまだに上記の図式のまま、「錯誤」に囚われたまま、ベトナム戦争を説明したものに思えます。南ヴェトナム解放民族戦線を民族解放戦線と表記し、「民族解放」を視聴者に意図的に意識付ける過去と同様の手法が用いられ、番組中「社会主義」の言葉は用いていますが、「共産党」「共産主義」「中国」は一切出てきません。

第15章では「従軍ジャーナリストの玉石」と題し、岡村昭彦、松岡洋子、本多勝一、開高健について記され、第16章「べ平連の自家撞着」、第17章「ヴェトナム反戦の日米共振」、第18章「パリ和平会議の裏切り」、第19章「ヴェトナム解放神話の崩壊」、第20章「ヴェトナム難民を嗤った人々」、第21章「中越戦争勃発に惑乱する文化人」と続きます。

第19章で、1975年4月30日以降は、

人民裁判や公開処刑も始まった。初めは刑事犯が対象だったが、間もなく旧政権下の「反人民的行動」まで処罰の対象になった。通常の訴訟手続きは行われず、当局が動員した民衆のなかから有罪の声が上がれば処刑するというやりかたである(古森義久『ベトナム報道1300日』)。

と引用されていますが、池上彰氏の番組では、ご丁寧にも南ベトナム側の人間であったという2人にインタビューの形で何事もなかったと語らせています。更に、ベトナム難民、ボートピープルに関しては「社会主義を嫌い、反発した人が逃げ出した」とされ、「アメリカが戦争に負けたのは、ベトナムの民族独立性の想いを理解できなかったから」と結論付けて終わっています。

 

 

スーパル・マドゥライ 武田尋善著 Ambooks アムブックス

スーパル・マドゥライ

武田尋善著
Ambooks アムブックス
2017年5月20日初刷

著者の巻頭の言葉に、

マドゥライ!タミルナードゥ州の州都チェンナイから約 500Km 離れた、タミルのエキスがコッテコテに詰まった、南インドの中の南インド!! 1997年、初めてインドに行った時、ここにあるミーナークシ女神のお寺に行くのが一つの目的だった。それからも何度も行ったマドゥライ。目をとじれば出会ったいろんな人たちの顔を思い出して一人にやにや笑っちゃう。インドに行くたびに書く日記から、マドゥライで描いた絵や写真を集めました。愛してる!!!マドゥライ!!!

と記されているように、著者手書きの絵や文章、写真が満載です。

著者が初めてインドに、そしてマドゥライ Madurai へ行った 1997年より遡ること 10年、私がマドゥライを訪ねたのは 1987年でした。奈良市の「vanam ヴァナム」さんで、この本を手に取り、すぐに買い求めました。遺跡を巡ることが目的で、ネパールとインドを駆け巡りましたが、当時はインド料理にあまり関心が無かったのが今では悔やまれます。

私が撮った 33年前のミーナークシ寺院 Meenakshi Sundareswarar Temple のカラー写真は色褪せてしまっていますが、本書では色鮮やかな寺院の写真を見ることが出来ます。

https://www.twitter.com/takedawala
https://www.hiroyoshi-takeda.com/
https://masaalaawaalaa.wixsite.com/masalawala

ミールス ダルバート ライス&カリー 南インド、ネパール、スリランカ 3つの地域の美味しいカレー

ミールス ダルバート ライス&カリー
南インド、ネパール、スリランカ 3つの地域の美味しいカレー

小此木大、本田遼、濱田祐介 著
LLC インセクツ 発行
2020年7月10日 初版第1刷発行

京都のインド食堂「タルカ」の小此木大さん、大阪のネパール料理店「ダルバート食堂」の本田遼さん、神戸のスリランカ料理店「カラピンチャ」の濱田祐介さんの共著の1冊が発行されました。はじめにで濱田祐介さんが記されています。

3人が愛してやまない、南インド、ネパール、スリランカの料理をご紹介します。その中で、最初に3つお伝えしたいことがあります。それは「地域による違い」「組み合わせの楽しさ」「料理の自由さ」です。
(中略)“主食は米”、“野菜を多用”、“スパイスで香り豊かに仕上げる”という共通点を持ち見た目は似ているものの、3地域には気候、風土、民族の特性、宗教、歴史があり、そこで育まれた食文化は似て非なるものです。

さらに

3地域の料理を知ると同時に、各地域の食文化へのガイダンスとなれば幸いです。

と続けておられます。カラピンチャさんのブログで紹介されるスリランカの日々も、食事を通して、文化、宗教についても触れておられ、濱田さんらしい巻頭の言葉です。

阪急神戸線王子公園駅近くのお店で頂ける美味しい料理は
→「カラピンチャ Karapincha(神戸市)」

カラピンチャ Karapincha

神戸市灘区王寺町1-2-13
http://karapincha.jp/blog/
https://twitter.com/karapinchajp
https://ja-jp.facebook.com/karapincha.jp/

大阪メトロ谷町線谷町四丁目駅からも近い、お店で頂ける美味しい料理の数々は
→「ダルバート食堂(大阪市中央区)」

ダルバート食堂

大阪市中央区内久宝寺町3-3-16
http://dalbhat-shokudo.com/
https://twitter.com/dalbhat_nepal
https://www.instagram.com/dalbhat_shokudo/

 

 

 

 

 

ダルバートとネパール料理 - ネパールカレーのテクニックとレシピ、食文化 - 本田遼 著 柴田書店

ダルバートとネパール料理
- ネパールカレーのテクニックとレシピ、食文化

本田遼 著
柴田書店
2020年6月30日初版発行

ダルバートに関する本を出したいことや、ダルバート食堂、スパイス堂に続く出店の構想を語っておられた「遼さん」が、着々とその夢を実現されています。まず前者の「ダルバートとネパール料理 - ネパールカレーのテクニックとレシピ、食文化」が 6月24日に発売開始となり、後者は東京、豪徳寺に「OLD NEPAL」の開店準備が進んでいる様です。店舗で先行販売とのことで、ダルバート食堂へ伺い購入しました。

本書の「はじめに」で記されている、

ネパール料理はインド料理やスパイスカレーにくらべると使うスパイスの量がかなり少なく、ほとんどの料理はターメリック、クミン、チリ、フェネグリークの 4種のスパイスのうち、いくつかを組み合わせてつくるというシンプルな味付けです。素材の味を引き立てて生かすところは和食と通じるものがあり、そのやさしい味わいは日本人にも親しみやすいように思います。

は、最近ダルバートを何度か自分で作ってみた際に同じ様に感じました。上手くネパール料理を表現されています。

ダルバート食堂

大阪市中央区内久宝寺町3-3-16
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スパイス堂

大阪市中央区谷町6丁目13-6
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OLD NEPAL TOKYO

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