THE ASCENT OF THE EVEREST BY JOHN HUNT エベレスト初登頂 ジョン・ハント

THE ASCENT OF THE EVEREST
JOHN HUNT

エベレスト初登頂
ジョン・ハント著
吉田薫訳
エイアンドエフ
2016年8月10日初版発行

訳者あとがきにて、この本が出版されるに至った経緯を記されています。

一九五三年五月二十九日、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが、世界で初めてエベレスト登頂に成功し、遠征隊の隊長を務めたジョン・ハントが帰国後わずか一ヵ月で ”早く伝えてほしいという要望に駆り立てられるように” 書き上げた〈The Ascent of Everest〉は、早くもその年の秋にイギリスで刊行された。そして、日本でも登頂から一年を待たずに、邦訳(『エヴェレスト登頂』田辺主計・望月達夫訳、朝日新聞社刊)が出版されている。世界中の人々が当時、夢中になって読んだというその名著が、日本では長らく絶版となっていたため、このたび、あらためて二〇一三年版から翻訳出版する運びとなった。それが本書である。

遠征の準備から登頂、帰国に至るまでが詳細に記述されています。どれだけ、隊員とシェルパが一致協力して、ルート工作や上のキャンプへの荷上げなど献身的な労務を繰り返さねばならないか、組織としての見事なチームワークがよく読み取れます。著者は、最後の「回想」で

これまでの遠征隊は、到達した高度はともかく、それぞれが経験を積み重ねてきたことに意義があったのであり、この経験が相当な高さに積み上げられていなければ、この山の謎を解くことはできなかった。このピラミッドのように築き上げられてきた経験こそが、一切の鍵を握っていたのである。つまり、このピラミッドがある高さに達していなければ、どこの登山隊が全力であたっても登頂は果たせなかった。そう考えると、これまでの遠征隊は失敗したのではなく、むしろ前進したことになる。その前進を受けて、昨年の冬、われわれは再びエベレストに挑む準備に入った。その頃には、長年にわたって登山家を退けてきたあの山の ”守り” がどういうものなのか、以前にはわからなかったことがかなりわかっていた。あとはただそれを検討して、正しい結論を導き、エベレストと闘うために必要な物と人を備えた遠征隊を送り出すだけだったのである。われわれ、一九五三年エベレスト遠征隊は、先人たちとこの登頂の栄光を分かち合えることを誇りに思っている。

と、過去に敬意を払い、科学的な根拠をもとに周到な準備をすることの重要性を述べています。エドモンド・ヒラリーは「2001年版あとがき」で、

多くの優秀な遠征隊が登頂に失敗していたときに、われわれはなぜ成功できたのか。まず、われわれは現在の水準に照らせば特に優れていたわけではないにせよ、有能な登山家たった。組織は盤石で、適切かつ充分な装備を持っていた。生理学者は大量の水分を摂ることを力説し、われわれはそれに従った。それでもわたしの体重はベースーキャンプを設営したときから下山までに10キロ近く減っていた。エベレストの頂上に達して生き延びることが果たして人間の力で可能かどうかは、生理学者にもわかっていなかったので、それもわれわれが乗り越えなくてはならない壁だった。

 われわれは確かに健康で、強い意欲をもっていた。われわれの酸素補給器は不安定だったが、充分に役に立った。そして、ちょうどよいときに天候に恵まれた。つまり、成功はさまざまな状況が重なった結果だったのた。わたしは、ある意味で、エベレストは登られるのを待っていたような気がしている。そして、タイミングよくそれができる用意があったのが、われわれだったのだ。

と、それまでに積み重ねられた高所の生理学・医学を念頭においた準備に言及しています。本書の資料として、「装備」「酸素」「食事」「生理学と医学」の各項目が詳細に解説されています。

某「登山家」がエベレストで遭難されたとのニュースを目にして、発売当初に既に読んでいた本書を改めて読み直してみました。「有能な登山家」でさえも、シェルパや隊員全体の協力が不可欠な世界としか思えないエベレストで、「単独」を標榜することに拘らざるを得なかったことが悲劇の始まりだったのでしょうか。

The Himalayan Times の記事を読むと悲しくなります。

According to Tikaram Gurung, Managing Director at Bochi Bochi Treks, Kuriki along with four Sherpa guides had headed to the higher camps to make the final summit push on Mt Everest.
略)
Kuriki reportedly wanted to make a solo attempt on Mt Everest without using Sherpa support and bottled oxygen this season.

ネパールではエベレストを含む山々での「単独」登山は、既に政府によって禁止されていたはずです。

One of the major changes in the regulation is the mandatory provision of taking guides while climbing the mountains, including the world’s highest peak. “From now on, foreign climbers will be banned from making a solo attempt on Mt Everest,” said Neupane. It will ensure foreign climbers are in safe hands of Nepali high-altitude guides or climbers. Besides, it also means more jobs for Nepalis, said government officials. With the rise in the number of solo climbers on Mt Everest, the number of accidents has also increased in recent times. Vladimir Strba, 49-year-old Slovakian climber, and Swiss alpinist Ueli Steck died on Everest while making a solo climb this spring season (April-May).

http://kathmandupost.ekantipur.com/news/2017-12-29/govt-comes-up-with-stringent-safety-rules.html

 

山桃のアチャール Kafal ko Achaar @ ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ(池田市)

季節の食材を使った池田市の「ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ」さんのスペシャルダルバート、今週は山桃が登場しました。お店のFacebookで

『カ〜ファル パキョ〜カ〜ファル パキョ〜
素敵な黒い鳥のさえずりです♡
ネパールでは春の稲刈りが終わる頃…
真っ赤な山桃が籠いっぱいに
『山桃が熟れたよ山桃が熟れたよ〜』と♡

と、ネパールの山桃と鳥の鳴き声の紹介をされていました。Boss Nepalの「Kafal berry」の記事で、その鳥の鳴き声と山桃売りの掛け声の詳細な記述があり、

The red colored berry that grows in the central Himalayas, mostly in Nepal, India and some parts of China, Kafal has been able to lure most of the people who have tried this once. In the streets of Kathmandu, we can hear the street vendor shouting and notifying people about the arrival of kafal in his deep and loud voice crying ‘Kafal aayo’ (Kafal has come). Within few minutes, he is surrounded by a group of children and grownups interested in buying the kafals he has brought carrying in a woven bamboo basket.

”kafal pakyo kafal pyako (berry is ripe)”「山桃が熟れたよ」の鳴き声にまつわる、物悲しい言い伝えも記されています。

A Nepali Barbet sings ‘kafal pakyo kafal pyako’ (berry is ripe) towards the end of spring when the berry ripens. According to the legends and stories, this song addresses a sentimental tale of brother and sister who lived in the mountains long ago. The brother goes away to join the army leaving his sister along and before he leaves, he makes a promise to his sister that he would return every year if she sends him a message during the season when the kafal fruit ripens. He, however, gets killed in a battle and never returns. The sister still sends her message every year at the time when the berry ripens with the hope of her brother returning until her time of demise. It is said that she returned as a Barbet in her next life and continued sending the same message which we today hear the Nepali Barbet singing.

Also another tale connects Barbet and Koili bird together saying that when Barbet went in search of her brother, the cuckoo heard it and responded with ‘koho’ (who is it?). There are many forms in which the story is depicted and although the tales vary from one locality to another, the craze and wait for the kafal fruit stays the same.

その山桃はアチャール、カファル・コ・アチャールとして、またチャトニーとして登場です。同じ山桃を Achaar に仕上げるだけでなく、火の通し加減や香辛料を変えてもう一品も仕上げ、食べ比べをさせて下さるという、カドカさんとジットさんの芸の細かさに脱帽です。アチャールとチャトニという言葉をどう使い分けておられるのかも尋ねました。どうやら、よりよく火を通して保存のきく品に仕上げたのがチャトニの様です。もう一つのアチャールは、荏胡麻のピセ・コ・シラム・コ・アチャールです。荏胡麻もお馴染みになってきましたが、前回登場時とは別の味わいです。マスはククラ・コ・マス、ダルはマス・ラ・ラハル・コ・ダルです。タルカリは、ひよこ豆とじゃが芋のチャナ・ラ・アル・コ・タルカリで、いつも乍ら優しい豆と芋の味を楽しめます。バートの上には、木耳(きくらげ) Thalthaley chyauと獅子唐の、タルタレ・チャウ・ラ・ハリヨ・クルサニ・コ・サデコが載っています。

素朴な疑問がまた湧いてきます。木耳(きくらげ)はネパールでよく食べられているのでしょうか。M.K. Adhikari et al.  Ethnomycolgical Knowledge on Uses of Wild Mushrooms in Western and Central Nepal.  Our Nature (2005) 3:13-19には、民族(カースト)によってはキノコは食べないと書かれています。

A notable difference between the tribes on uses of mushrooms was observed.  The Brahmins especially elder ones do not eat mushrooms

しかも木耳 Auricularia auricula-judae はあまり美味しくないと見做されていた様です。

Auricularia auricula-judae, (略)were considered not so tasty or good for edible purpose.

カドカさんが仰るには、キノコも今はネパールでも結構食べるとのことです。木耳は中華料理の食材としても使われるでしょうから、タメル地区のチャイナタウン化を見ると、既に浸透していそうな気もします。

定位置にパパドゥとサグ・ブテコも添えられています。丁度、ゴルベラ・コ・アチャールとアル・コ・アチャールが出来たてで、小さなカトリに入れて味見用に添えて頂きました。デザートのズーズーダゥも、山桃バージョンです。ピカ・チヤを最後に頂きました。

お店で頂ける料理の数々は
→「jujudhau ズーズーダゥ(池田市)ネパールのごちそう」

ネパールのごちそう
jujudhau
ズーズーダゥ

池田市室町1-3
https://ja-jp.facebook.com/jujudhaunepal/

コチュロティ Kachur Lati @ ラベア RABEA(奈良市)バングラデシュ料理

ラマダンも終わったある日に、奈良市の「バングラデシュレストラン ラベア」さんに伺いました。この日も美味しい料理をおまかせでお願いしました。最初に美味しいマンゴーが手に入ったとのことで、出して下さいました。ご飯はキチュリが少し残っていたようなので、炊きたてのライスと一緒に盛って頂き、チキンのローシュに、海老のローシュ、バングラデシュの野菜、コチュロティ、さらにダルが登場しました。今回も手食で頂きました。コチュロティKachur Lati を初めて頂きましたが、日本の芋茎(ずいき)に相当する、Taro 里芋の葉柄の様です。ラベアさんが仰るには、バングラデシュの代表的な魚のイリシュ Ilish やイリシュの頭、海老などと一緒に調理するとのことです。是非、イリシュと一緒に調理したものも頂いてみたいものです。辛めに味付けして頂いたようで、辛くないですかと尋ねて下さいましたが、丁度良い塩梅でした。

最近「ズーズーダゥ」さんのネパール料理で何度か芋茎のタルカリ、Karkalo ra Gaaba ko Tarkari を頂く機会が有りましたが、他の野菜と一緒に優しい味を引き出す料理でした。このバングラデシュ料理の芋茎は、それだけで存在感のある野菜の一品に仕上がっています。そこで、バングラデシュとネパールのTaroは一緒なのか、違うのか疑問が出てきました。Genetic Diversity in Taro, and the Preservation of Culinary Knowledge.  Peter J. Matthews.  Ethnobotany Research & Applications 2: 55-71 (2004) に、分布の図を見つけました。Colocasia esculenta (L.) Schottは全世界に広がり、野生種のC. fallax Schottが主に北インドに、同じく野生種のC. affinis Schottが主に北インドからタイにかけて、さらにベンガル地方には稀な野生種C. virosa Kunthが分布とのことです。実際にバングラデシュとネパールで栽培されているTaroの差異をよくご存じの方から話を聞いてみたいものです。同じ芋茎なのか、違う芋茎なのか興味津々です。後日、ネパール料理でも芋茎をスパイシーな味付けで調理するのかを「ズーズーダゥ」さんで尋ねたところ、勿論有るとの事でした。そちらも是非頂きたいものですが、ネパールでは一度乾燥したものを使うことが多い様です。今回頂いたのは冷凍で輸入されたもので、乾燥はしてなさそうでした。

因みにColocasia esculenta (L.) Schottは日本では「里芋」、日本から東南アジア、インドネシアまでに分布しているのが C. gigantea Hook. f. で「蓮芋」です。日本の「ずいき」は一般的には里芋の芋茎、「赤ずいき」は親芋子芋兼用品種の「唐芋」C. antiquorum と、親芋用の品種の「八つ頭」の芋茎、「青ずいき」は蓮芋の芋茎です。

最後に飲み物も頂きました。お店で頂ける美味しい料理の数々は
→「バングラデシュレストラン ラベア RABEA(奈良市)」

バングラデシュレストラン
ラベア
Bangladeshi Restaurant
RABEA

奈良市南魚屋町6-1-1

茄子のアチャールとタルカリ @ ターメリック Turmeric(西宮市甲子園口)

上手く時間が作れず、しばらく頂くことが出来なかったのが、JR甲子園口駅近くの「ターメリック Turmeric」さんで供される、土曜日と日曜日のランチタイムのスペシャルダルバートです。仕事を終えて駆けつけ、何とか滑り込みで間に合いました。マトンカナでお願いしました。この日のメニューは、中央にマトンカレーとパパドゥ、それを取り囲むように6時の位置のバート(ご飯)から時計回りに、ダル、茄子と大根のタルカリ、ゴーヤとじゃが芋炒め、チキンカレー炒め、野菜パコダ、オクラとじゃが芋の和え物、茄子のアチャール(チャトニ)、そしてデザートのスジハルワです。
食後のチヤもお願いしました。

どの一品も美味しいのですが、一番のお気に入りは、焼き茄子のアチャール(チャトニ)です。ついつい美味しいと唸ってしまうと、キランさんがお替りを持って来てくださいました。茄子は大根と一緒にタルカリとしても登場しています。茄子のアチャールを調べてみると、その表現する単語は Achaar ではなく Chokha がよく用いられています。THE NEPAL COOKBOOK (Association of Nepalis in the Amercas)でもMASHED EGGPLANT PICKLEとしてレシピが紹介されていますが、Bhanta Ko Chokhaと表記されています。Chokha については、THE STEAMING POTの「Food Name in Bihar and What The Mean in Regular Hindi」の記事で、Mashed VegetablesをRegular Hindi NameではBharta、Bihar Hindi NameでChokhaと表現するとの記載がありました。ネパールに接するインドの Bihar ビハール州の Litti Chokha が有名なため、ネパールでもChokha が使われているのでしょうか。次の機会にでも尋ねてみましょう。The New Indian Expressの「Litti chokha, the delicacy from India」の記事では、そのLitti ChokhaのChokhaについては以下のように記載され、茄子、じゃが芋、トマト等が使われている様です。

For chokha, brinjals are roasted on fire before the skin is peeled off. This is then mixed with mashed potatoes and even charred tomatoes with a bit of mustard oil.  Onions, green chillies and minimal spices complete the dish.  As the vegetables are mostly boiled or roasted, the flavours remain intact, along with some smokiness introduced due to the process.  The raw mustard oil also adds to the flavour.

ターメリックさんで頂ける美味しいネパール料理の数々は
→「ターメリック Turmeric(西宮市甲子園口)

ターメリック Turmeric

西宮市甲子園口2-24-28
https://twitter.com/turmericrest1
http://www.turmeric-kiran.co.jp/

 

えびのピリ辛和え麺 @ カオヤム堂(大阪市北区)

大阪地下鉄谷町線天神橋六丁目駅からほど近い「季節の野菜と薬味の食堂カフェ カオヤム堂」さんに、初めてランチタイムに伺いました。この日のランチメニューから、まだ頂いたことのない、えびのピリ辛和え麺をお願いしました。この日は、生春巻き、小松菜のスープ、サクランボが付きました。麺の周りを野菜が取り囲み、混ぜて食べて下さいとのことです。私にとっては丁度良い量でした。食後にライムスカッシュもお願いしました。

お店で頂ける美味しい料理の数々は
→「カオヤム堂(大阪市北区)」

カオヤム堂
季節の野菜と薬味の食堂カフェ

大阪市北区本庄東1-11-8 畑中ハイツ

https://www.facebook.com/%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%83%A4%E3%83%A0%E5%A0%82-959000547583956/?ref=page_internal

https://www.instagram.com/kaoyamudou/?hl=ja

Deluxe Mutton Thali @ インド家庭料理 milenga ミレンガ(岡山市)

メニューの変更が落ち着いて初めて、そして久しぶりにJR岡山駅から近い「インド家庭料理 milenga ミレンガ」さんに伺いました。マトン好きとしては、まずはデラックスマトンターリー Deluxe Mutton Thali を確かめておかねばなりません。All Items Are Unlimited Refills ライスもどのおかずもお替りが可能です。9時の位置に置かれたマトンカレー、玉葱とチャツネを挟んで、6時の位置のサンバルから反時計回りにラッサム、 茄子とじゃが芋、胡麻のチャツネ、ダル、ライタ

デザートのハルワが取り囲みます。

ライスも私には丁度良い量で、マトンカレーと茄子とじゃが芋のおかずだけ、お替りを持って来ていただきました。チャイも付いています。

ThaliにするのかMealsにするのかの、スタッフの方々の議論の後日談を伺っていませんが、メニューにはThaliとして登場しています。

JR岡山駅近くのお店で頂ける美味しい料理の数々は
→「インド家庭料理 milenga ミレンガ(岡山市北区)」

インド家庭料理
milenga ミレンガ

岡山市北区野田屋町1-3-3 岡ビル1F
http://milenga.themarket.co.jp/
https://ja-jp.facebook.com/milenga.okayama/

合鴨のダルバート @ ヤタラ スパイス Yatara Spice(大阪市大正区)

ふと気になりダルバート Dal bhat を頂きに伺うお店の一つが、JR環状線大正駅近くの「ヤタラスパイス Yatara Spice」さんです。月に1週のみ供されていたダルバートが、隔週で提供に変更になった様に店主が他のお客さんに説明されていました。5月のある日訪れた際には、合鴨が売り切れ、ポークに変更になっていました。チキンとの2種盛りで頂きました。この日のタルカリは、春キャベツとスナップえんどうでした。6月に伺った際には、合鴨が残っていましたので、チキンとの2種盛りでお願いしました。この日のタルカリは、ズッキーニとキャベツでした。マサラチヤも頂きました。

Yatara Spice
ヤタラ スパイス

大阪市大正区三軒家東1-2-5-2F
https://twitter.com/spiceyatara

現代ネパールの政治と社会ー民主化とマオイストの影響の拡大(明石書店)

現代ネパールの政治と社会
民主化とマオイストの影響の拡大

Politics and Society in Modern Nepal: Democratication and the Expansion of the Maoists’ Influence.

南 真木人、石井 溥 編集
明石書店
2015年3月31日初版第1刷発行

ひょんなことから国立民族学博物館の研究者の方と食事で同席させて頂き、これも何かのご縁かと、久しぶりに万博記念公園にある同館を訪れてみました。博物館、美術館を訪れると、Book Storeでついつい時間を費やしてしまいます。この時も数冊本を購入しました。その中の1冊です。

「はじめに」として、以下の様に本書は始まっています。

本書は近年のネパールの政治と社会を主題とし、ネパール共産党(毛沢東派)(以ド「マオイスト」と省略)の武装闘争とそこから拡大した内戦、および、それ以後の政治の表舞台へのマオイストの登場の時期に注目するものである。マオイストが力を得た経過・理由、その思想などを把握することは、今日のネパールとその行方を理解するうえで重要であるが、これは、それにできるだけ接近するために行われた国立民族学博物館での共同研究の成果の一部である。 

内容の概略については

一~三章、および七章は、それぞれ異なる面からマオイストの動きとその影響を論じたものである。四~六章では、内戦の時期を含めつつ特定の地域やグループに焦点をあててネパール社会の変化と人々の行動を分析する。八~十章は、マオイストや民族・地域に注目しつつ、内戦後はじめての選挙(○八年)をそれぞれ異なる視角から扱っており、十一章は近年のネパール社会を把捉するために重要と考えられるジェンダーに関わる問題を論じている。

と書かれています。

中学校時代に英語を教えて下さった先生が、ネパールに渡り障がい児教育に尽力されていた時期が、丁度この時期と重なります。異なる宗教ゆえに、マオイストから殺害予告も出されたり、カトマンズの教会が爆破された知らせも伝わってきました→BBC News “Church in Nepal hit by explosion”。その顛末の一部は「大木神父奮戦記」にも記載されています。遠い国、日本からみると、マオイストの過激な行動だけが印象に残ったものでした。しかし、それだけではネパールの人々が受け入れるはずもなく、

マオイストは暴力や脅迫だけではなく、歌や踊りや芝居を通じた宣伝にも力を入れていた。

とある様に、従来のネパールの社会には無かった共産主義的な思想の浸透手法も用いられました。

本書は、異なる視点からマオイストに焦点を当てながらも、当時の特に田舎のネパールの様相が、フィールドワークの成果として描き出されています。マオイストと政府軍の板挟みとなり、付かず離れずの態度を取らざるを得なかった人々の実態も窺い知れます。同時に、マオイストが持ち合わせ、それらの人々に足らなかったものも浮き彫りにしています。

こうしてみると、マオイストがマガル人の村にもたらしたものは、論理的に話す、あるいは書き留めるといった広義のリテラシーと、権利や公正、正義を追求するといった「近代」の価値観そのものであった。

その価値観に、人々を目覚めさせた事も、マオイストの功績なのかも知れません。

今回の選挙におけるネパール全体でのマオイストの勝利は、一九九〇年の民主化以後、人権意識や正義の拡大という近代化が確実に進展した証とも読みとれるだろう。これまで社会的に抑圧され、政治的な権利を奪われてきた民族やグリッド、女性のあいだにも「開発」や教育が普及したからこそ、近代化としてのマオイズムが受け容れられ、これほどまでに支持者を増やしたと逆説的に推論できるのである。

あとがきで、

本書はネパールのマオイストが反政府武装闘争を繰り広げた「マオイスト運動」期と二〇〇六年に政党に戻り、政治の表舞台に登場した「マオイスト政治」期を取り上げ、現代ネパールの政治と社会を多面的に理解しようとする試みである。いずれの論考もマオイストの運動や政治を前景ないしは後景に置き、体制が変わる激動のネパールの諸相を描写しているが、伝えきれていないものがあるとしたらそれは、論文という形ではなかなか表現できない、人民戦争期の張り詰めた空気であっただろう

と書かれている様に「ネパールの諸相」を、少しばかり覗くことが出来ます。

厭戦気分の高まりと平和を願う気運は、第一回制憲議会選挙前、多くの人に「マオイストを二度とジャングルに戻らせてはいけない。そのためには選挙で彼らにある程度勝たせなければならない」という考えを抱かせた。だからといって、自分の一票を意に染まないマオイストに投じた人が多かったとは思えないが、選挙後にはマオイストの勝利を認めたくない人々を中心に、そうした動機とその元にある恐怖が制憲議会選挙におけるマオイストの勝因であったと主張された。マオイストを捉える人々の意識についていえば、マオイスト白身もそうであったが、誰もが情勢を見誤ってばかりだったのである。本書でも明らかになったように、多様な地域や属性の人々の異なる意識や対応が、状況の全体を掌握することを難しくさせてきたといえる。その意味で本書がそうした見誤りを少しでも是正することにつながればと自戒を込めて願う。

と最後に結んでおられます。

国立民族学博物館の web siteにも、「マオイスト運動の台頭と変動するネパール」と題して研究プロジェクトの紹介がされています。

金時豆のアチャール @ ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ(池田市)

池田市の「ネパールのごちそう jujudhau ズーズーダゥ」さんの週末スペシャルダルバートは、中身は毎回異なりますが、基本の構成は同じです。マスとダル、タルカリ1品とアチャール3品、バートとその上にもう1品、さらにサグとパパド、デザートに飲み物です。マスやダルも毎回異なった味付けで登場するので楽しみなのですが、それ以上に期待を膨らませるのがタルカリとアチャールです。今週の金時豆のアチャール、ラジマ・コ・アチャールは、そのタルカリとアチャールの違いを実感させて頂ける1品でした。タルカリに使われるときは、豆や野菜の甘みがうまく引き出される優しい味付けがされており、金時豆が最近タルカリで登場した場合もそうでした。今回の様にアチャールに仕上げられる時は、口にした時に、豆の甘みが前面に出ないような香辛料の使い方をされています。同じ素材でも、タルカリとアチャールではその美味しさの引き出し方をきちんと変えておられます。

マンゴーと大蒜のアチャール、アープ・ラ・ラスン・コ・アチャールは、大蒜が控えめ且つアクセントになった味付けで、大根のアチャール、ムラ・コ・アチャールは、これまで登場したものより発酵を進ませたもので、アチャール好きの者にとっては堪らない1品に仕上がっています。マスはククラ・コ・マスですが、大蒜の葉ハリヨ・ラスンを一緒に使っておられ、こちらも味とともに食感も楽しめます。この日のダルはチャナ・コ・ダルで、タルカリは芋茎とじゃが芋、カルカラ・ラ・アル・コ・タルカリですが、これにも大蒜の葉が入っています。ご飯の上には大豆ボール、マショウラを使った一品が載り、サグ・ブテコ、青菜炒めには空心菜が使われていました。デザートは蜜柑、チヤも頂きました。

お店で頂ける料理の数々は
→「jujudhau ズーズーダゥ(池田市)ネパールのごちそう」

ネパールのごちそう
jujudhau
ズーズーダゥ

池田市室町1-3
https://ja-jp.facebook.com/jujudhaunepal/

鶏尽くしプレート @ Asian kitchen cafe 百福(大阪市西区)

以前に供された「アジア周遊プレート」を彷彿させる「鶏尽くしプレート」が、大阪地下鉄九条駅からほど近い「Asian kitchen cafe 百福」さんに週末のスペシャルとして登場しました。ネパール、バンクラデシュ、タイの鶏を使った料理が揃い踏みです。タイのカオマンガイの鶏出汁を使ったご飯の周りを、プレート11時の位置に置かれたネパールのチキンカレー、ククラ・コ・マスから時計回りに、鶏の出汁を使ったバングラデシュ仕様のダル、手羽元を使ったバングラデシュのムルギ・ブナ、ネパール仕様の砂肝バングラ・ブテコ、アチャールやサグなどの副菜3品を挟んで、タイのナンプリック・オーン・ガイ、他に。卵丸ごとのバングラデシュのアンダ・ロ―シュが取り囲みます。この日の食後はチヤではなく、バニラマサラシェイクを頂いてみました。

お店で頂ける美味しい料理の数々は
→「Asian kitchen cafe 百福(大阪市西区)」

Asian kitchen cafe 百福

大阪市西区九条1-3-12
https://twitter.com/namastesawatdee
https://ja-jp.facebook.com/momofuku.asian/